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興味深いのは、「脱原発」という立場を、自らの政治生命の延長につなげることのできる政治家が、どうやら、現状では菅さん以外に見当たらないことだ。
理由は、菅さんが、無力だからだ。
「無力」という言い方は、誤解を招くかもしれない。言い直す。要するに、菅直人という政治家は、通常の意味で言う権力基盤とは無縁なところから出てきた人だということだ。
菅さんには人脈が無い。頼りになる親分の庇護のもとにあるのでもないし、号令ひとつで馳せ参じる子分をかかえているわけでもない。同僚議員の人望もない。資金パイプもない。背後から支えてくれる団体も持っていない。
と、こうして並べてみると、どうにもお話にならないリーダーであるように見える。が、ただひとつ、彼には、時流を読む不可思議なセンスがあった。だから、日和見と言われ、風見鶏を揶揄されながらも、いつの間にやら、スルスルと、あらあら不思議わらしべ長者みたいにして権力の頂点にたどりついてしまっ
た。
菅さんは、徒手空拳の日和見だったからこそ、権力抗争の真空の中に立っていることができた。おそらく、そういうことなのだと思う。偉大なるごっつあんゴーラー。元イタリア代表のスキラッチを思い出す。
私は、菅直人という政治家を必ずしも高く評価していない。個人的な好き嫌いを述べるなら、嫌いな側の半分に分類せねばならないと思う。
が、それはそれとして、私は、ここしばらく、従来の見方を改めつつある。どういうことなのかというと、菅直人という無手勝流の真空政治家が宰相の座にある時に、この度のような空前の災害が起こったのは、もしかすると天の配剤であるのかもしれない、というふうに思い始めているのだ。
現状、脱原発ないしは反原発を旨とする人々は、とりあえず菅さんを支持しているように見える。というのも、ポスト菅が誰になるのであれ、その人物は、必ずや菅さんよりは原発寄りの政策を選択するはずだからだ。とすれば、余事は措いて、ここは一番、菅さんにがんばっていただくしかない。猫の首に鈴を つけに行くネズミは、局外者でなければならない。
菅さん以外の有力な政治家は、民主党に所属する議員であれ自民党の領袖であれ、いずれも、原発と簡単に絶縁できる立場にはいない。
というのも、わが国の政治家として、多少とも地に足のついた政治活動をしてきた人物が、電力会社と無縁であることは考えにくいからだ。
— 卓袱台返して菅笠ひとり旅:日経ビジネスオンライン (via raurublock)
(via yaruo)
8 months ago